夕凪



「そうだ、私たちだけわかる合図みたいなもの決めようか」
「合図?」
「暗号でもジェスチャーでも何でもいいの。私たちにしかわからないもの」
「・・・・・・俺たちだけの、か。いいね、それ」

+++


 カツン。
 壁がどこにあるかわからないような暗色の空間に、偉そうに響いてくる足音が大嫌いだった。
 円形に照らされたライトの中に男女数人の影が浮かび上がる。
 グレイブルーの床が俺たちの関係を見事に色で表現していた。
「情報が漏れたな」
 低音の声が空気に浸透していった。
 この中で一番背が高くて一番無愛想な男だった。
「真っ向対決だ」
 台詞を受けて、いわゆる司令官が断言した。
 彼の顔だけ見ていると、どうにも役柄は正義のヒーローじゃないと感じる。
 失礼ながら、悪役と言ったほうがぴったりだ。
 俺は腰に差した重量のある剣に手をやった。
 この場に集まって円陣を組んでいる者たちを一瞥した。
 仲間?
 いや、そんな良い言葉で呼べるものじゃない。
 己の目的や利益のために、今は同盟を組んでいるのみ。
 それでもいいさ。
 俺は宣言した。
「その前に、裏切り者に制裁を」
 全員の目が射るように俺を睨みつける。
 みんなが明らかにぎこちない動きを見せた。
 ポーカーフェイスを装っても、G以上にそれが可能な者はいない。
 司令官の顔色を盗み見る者が後を絶たない中、Gだけが俺から視線を離さなかった。
「彼女は別に俺たちを裏切ったわけじゃない」
 は?
 俺はポカンとする。
 隣にいた冬華(ふゆか)・ラクウェルの視線が最も冷ややかで呆れ果てていた。
「彼女はスパイだったんだ」
 全部が真っ黒に塗りつぶされた。
 ・・・・・・それが、真実?

+++


「どうかな? 確かに、同盟は冷めた関係かもしれない。でも私、このチームは好きよ」

+++


 だるい。とにかくだるい。
 放心状態の俺の前を、手の平が往復する。
 ラクウェルの「当分ダメそう」と言う声が耳をかすめていく。
 呆れ具合を倍にした視線は、まったく反応を示さない俺に見切りをつけて去っていった。
 同時にいくつかの足音が遠ざかっていった。
 最後までその場にとどまっていたGが言った。
「参加するのか?」
 辿り着いた真実を俺はまだ消化できずにいる。
「・・・・・・」
 まだ答えを用意できていない。
 Gもまた俺に背を向けた。
「・・・・・・G!」
 Gは足を止め、顔半分だけ振り返った。
「Gはいつから知ってた? ミズキが・・・・・・スパイだって」
 いまさら知ったところで、どうこうできるわけでもないけど、答えを得ることで、胸に突っかかったもやを消せるかと思った。
「・・・・・・」
 でも、Gは案の定何も返事をしなかった。
 そして、グレイブルーの床を丸く照らし出すライトの真ん中で、俺は一人残された。

 数秒がとてつもなく長く感じられ、一人残る不安を退治できず、とにかくGを追いかけた。
 Gはなんとも思わなかったのか?
 脱力と疑問と怒りと・・・・・・イライラが手に汗を握らせる。
 そりゃ、仲良くしましょうって集団だったわけじゃない。己のための契約。
 けど、俺はGとミズキは本物の仲間だと思っていたんだ。
 だから、ミズキが敵に回った時、嘘だと思った。それが覆しようのない真実だとわかった時は、ムカツいて仕方なかった。
 でも、最初からスパイだったなら、俺たちとの時間は何だったんだ?
 全部・・・・・・虚像。
 希望でしかないのかもしれないけれど、全部が嘘だとはどうしても思えなかった。
 だって、あれが演技だなんて、誰が思う?

+++


「このチームのこと,2人のこと、信じてる」

+++


「G!」
 向こうに、Gの黒髪と負けない黒さを持つマントが見える。
 左手の二本の指が前後に屈曲した。
『早く来い!』の合図だ。
 唇の先が微かに笑んでいるのがわかった。
 俺はすばやく駆け寄る。
「作戦は?」
 ごちゃごちゃ考えたって、すぐに答えなんて見つからない。
 とにかく指令を優先した。
「敵の仮アジト内にあると思われる例のものを奪還する」
「仮? ・・・・・・なるほど」
 いったんそこに保管して、それから本当のアジトに移すってことか。
 その前に取り返さなくちゃ、面倒だな。
「ラクウェルたち3人が先陣を切る。その後、司令官たちが乗り込む。俺たちはその補佐」
「兵隊ってことか」
「敵の守衛兼戦闘部隊は5人、加えて統括する隊長がいる」
「了解」
 なら・・・・・・ミズキは、その5人ってことか。
 ブレードの柄は汗ばんでベタベタしていた。
 ミズキと対峙したら、どうなる? 俺は戦えるのか?
 えーい、その時にならなきゃわからない。

 ドーン!!!

 衝撃激しい音に、びくっと体が反応した。
 始まったらしい。
 ラクウェルたち、ずいぶん派手に動き回ってるな。
 注意をひきつけるためか・・・・・・。
 けど、その後始末は俺たちだ、なんて考えちゃいないな、絶対。
「行くぞ」
 Gの言葉に、俺は重たい腰を上げた。

+++


「私たちだけの合図ね」
「・・・・・・それって、司令官たちにも秘密ってこと?」
「もちろん、私たち3人だけの」

+++


 昔は工場か何かだったと思われる産物が残っていなければ、割と殺風景だった。
 それでも荒くれて見える分、ラクウェルたちの暴れっぷりを想像せずにはいられない。
 いろんなものが乱雑に倒れている。
 おかげで、身が隠しやすいのなんのって。
 入り口付近からは、みんな遠ざかったっぽいし。
「G」
 Gも俺も五感すべてを周りの気配に張り巡らしたまま、ボリュームを落として話しかけた。
「・・・・・・」
「一つ、疑問があるんだ」
 物陰を伝って足を進めていった。
 埃が舞っていて、咳き込みたくなる。
 寸前で押さえたら、変な声が出た。
「どうし・・・・・・」
 慌てて口を塞いだ。
 こういう時にありがたいのは、Gが無言で待っていてくれることだ。
「どうして、例のもの、奪えたんだろ?」
「・・・・・・」
 Gは「何言ってるんだ?」という目で俺を見た。
「ミズキがスパイだった。それはわかった。でも・・・・・・」
 続きは後回しになった。
 悠長に話している状況じゃなくなったからだ。
 足音が近づいてくる。
 一気に緊張が体を包む。
「・・・・・・!」
 Gの目線が一瞬固まった。気がした。
 もう一つ足音が近づいてきた。
 話し声がする。
 全然聞き取れないな。
 声色からして、男と女。
 それから、2人は遠ざかっていった。
「・・・・・・ふぅ」
 少しだけ安堵する。
 覚悟してるって言ったって、やっぱり敵と対峙するのは緊張するものだ。
「G、例のものの情報、ミズキはどこから仕入れたんだ?」
 司令官は俺たちに情報を与えなかったはず。
 司令官の周りには、いつも交代で2人ずつ護衛がつくようになっていた。
「・・・・・・」
 Gの返答はない。
 その状況下で、ミズキがスパイ活動を遂行できたのは、どうしてだ?
 バレないように味方のフリをしていたとしても、司令官には護衛がいる。
 だったら、誰かが気づくはず。
 何で、誰も気づかなかった? ミズキ一人じゃ無理だ・・・・・・。もしかして・・・・・・。
「!」
 誰かが近づいてくる。
 俺は身構えて、鞘に手をやる。
 その手をGが収めた。
「ラクウェルだ」
 顔を上げると、先陣組にいたラクウェルが一人で戻ってきていた。
「みんなバラけた。応援頼む」
「了解」
 もう、身を隠しながら進む意味はどこにもなかった。
 俺たちはアジト内部へと疾走して行った。
「ラクウェル」
 淡々と仕事をこなすラクウェルにしては、ずいぶんと汗が目立っていた。
 バラけるなんて、先陣組のラクウェルが応援呼びに戻るなんて、何かあったに違いない。
「・・・・・・情報が全部漏れてた」

+++


「そうね、つながりは深くない。けど、2人のことは好きよ」

+++


 情報が漏れた? どこから?
 例のものを奪うにしたって、ミズキ一人じゃ無理だ。
 もしやと疑問に思ったことが、確信に変わっていく。
「詳しいことはわからない。バートって呼ばれているヤツが何か握ってるらしい」
 そいつだ! そいつが、情報を流してる。
「先行く。司令官はあっちにいるはず、援護して」
 ラクウェルは右に曲がっていった。
 その奥から、剣がぶつかり合う音がする。
 先陣組の誰かがいるのかもしれない。
 俺たちはラクウェル指示のもと、司令官のいるほうへと足を向けた。
 いくつかの角を通り越し、突き当たったところを曲がった。
「・・・・・・!」
 瞬時に足が止まる。
「ミズ・・・・・・キ・・・・・・」
 ミズキは、ちょっと困ったような顔をしてはにかんで見せた。
 どうしてこれを、演技だって言える?
 けど、俺はずっと騙されていた。
 これも演技かもしれない。
 俺の中で、彼女を信じる気持ちと疑う気持ちが交錯する。
「G」
「・・・・・・」
 Gは問いかけに何も答えない。
 ミズキが静かに切っ先の細い特有の剣を俺に構えた。
 本当に戦うのか? 俺がミズキと・・・・・・。
 剣が弧を描いたその時、俺は剣を抜いた。

 キーン!!

 狭い廊下に乾いた金属音が響く。
「ミズキ・・・・・・」
 目の前にミズキの顔。
 心の葛藤はまだ続き、必死に彼女の剣を押さえても、それ以上に押し返せずにいた。
 ・・・・・・!
 突然、彼女の目が見開いた。
 手首を返して、俺の剣を流したかと思うと、背中側に躍り出た。
 しまった、やられる!
 そう、振り返った時、ドン! というライフルの音にその場は静まり返った。
 瞳に移ったのは、重力に吸い寄せられるように崩れ落ちていくミズキの後ろ姿。
 一瞬、何が起こったか、わからなかった。
 刹那、ライフルを撃ったはずの司令官が血飛沫に倒れていた。
 騒ぎを聞きつけ、ラクウェルたちが駆けてきた。
 誰にどう説明しろって?
 血の滴る剣を構えるGに、呆然とした。
「ごめんね・・・・・・」
 ミズキの消え入りそうな声を耳にした。
「ミズキ!」
 慌てて俺はミズキを抱きかかえる。
 震える手を握り返す。
 ・・・・・・これは、フリじゃない。
 ラクウェルたちの視線が、俺たちの間をせわしなく動き回り、息絶えた司令官と氷のように冷徹な視線で立ち尽くすGに集中する。
「くっ」
 ラクウェルが司令官のライフルを構えた。
 Gは一歩も動かなかった。
 周りには完全なる結界が張られているかのようだった。
 その空間に近寄ろうものなら、たちまち司令官と同じ運命を辿ると感じさせた。
「G・・・・・・」
 握っていたミズキの手は俺を離れ、Gを求めるように伸ばされた。
「・・・・・・*#○♪★◇∴■・・・・・・」
 一言。
 たった一言。
 俺たちだけの、言葉。他の誰にもわからない。
 そのまま、ミズキの手は力を失って、床に落ちた。
 Gがその変わらぬ表情を崩すのを初めて見た。
 次の瞬間、ライフルが鳴った。
「G!!」

 終わった。
 バート・・・・・・ギルバートだった。
 誰もGの名前を知らなかった。
 それくらい、希薄な同盟だった。
 あの時、俺はもっと早くに、ミズキの言葉は本物だと感じるべきだった。
 冷めた協力関係の俺たちらしく、司令官は、俺ごとミズキを撃とうとした。
 そして、ミズキは俺をかばって前に出た。
 Gがギルバートであり、彼がミズキと通じていたのだともわかった。
 振り返れば簡単な謎々だった。
 Gはミズキと2人で司令官の護衛をしていたし、俺も合わせて3人はしょっちゅう一緒にいた。
 結局、例のものは、アジトのどこにも見つからなかった。
 そして、俺たち共同体は、まるで空気のように解散した。
 今になっては、例のものが何だったのか、わからない。
 少なくとも、人の手に渡ると大きな力を持つことだけはわかる。
 窓から、オレンジの光が目いっぱい流れ込んでくる。
 微妙に蒸して、じわじわと暑さもしみ込んでくる。
 風がおさまっていた。
 何気なしに、机の引き出しを開ける。
「・・・・・・?」
 かくれんぼするように、端にこっそり銀のチェーンが見える。
 雫の形をした透明なアクセサリー・・・・・・。
 ミズキのだ。
 どうして、ここに?
 俺はそっとそれを手に取る。
 西日が雫の中に吸い込まれ、中に何か文字が浮かび上がった。
 ・・・・・・これ!!

+++


「2人のこと、信じてる」

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 そうだ、ミズキが嘘をつかない性格だなんて、一緒にいた俺が一番よくわかってたじゃないか。
 全部、真実だったんだ。
 全部、本当。だから、あの時Gも,ギルバートも言い訳したりしなかった。
 Gの実力だったら、ラクウェルのライフルにだって打ち勝っていたはずだ。

「大好きだよ」

 最後に聞いた言葉は、ミズキから2人へ。
 これが、物語のエンディングだった。
 まるで夕凪のように、今はすべてが穏やかに眠っている。

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 君は、人一倍、勇気っていうパワーを持っているから、君に託すよ。
 信じてる、2人のこと。
 私は、2人のことが好きよ。




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2005.6.